学校紹介
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T 大姶良の沿革
◇大姶良の開発統治を行った者は富山氏であろうといわれる。 年代ははっきりしないが,1200年程前のことと思われる。 この富山氏の一族義時が大姶良を領し,居住するようになってから,弁済使として勢威をふるい大姶良が始まる。
◇大姶良郷は,藩政時代9か村からなっていたが,花岡島津家の創殷で,白水村,木谷村が分離し,7か村になる。(大姶良村,横山村,浜田村,獅子目村,南村,西俣村,野里村[下堀は藩政時代から昭和の半ばまで鹿屋郷に所属])
◇明治4年に全国は73県に分かれ,大姶良は都城県に属した。
◇明治7年再び全国的に改編。都城県は廃止,郷土は再び鹿児島県に編入。
◇明治22年,郷制を廃して村制をしき,大姶良郷は大姶良村と改称した。
村当時は,役場,養蚕試験場大隅支場,大姶良村産業組合,村農会高等公民学校があり,旅館も3件あって繁栄した。
◇昭和16年,鹿屋町,大姶良村,花岡村3町村合併をしき,ここに鹿屋が誕生した。その後30年に高隈村を,33年に垂水市の内,桜町,根木原を編入し,今日の鹿屋市を形づくる。
◇教育立村をスローガンにした大姶良は,幾多有為の先人をもっている。 偉大な先祖,村を育ててきた郷土人を語り継ぎながら,鹿屋市大姶良をますます発展させるよう努力したい。
◇大姶良校区は,下堀,横山,田淵,大姶良,獅子目の5つの町からなっている。学校は田淵町にあり,鹿屋市街地から約7q,佐多,大根占と鹿屋を結ぶ要路に位置している。 それだけに交通量も多い。 鹿屋市のベッドタウンとしての振興住宅が下堀町や横山町にのび,人口増加の傾向にある。
◇平成18年1月1日,鹿屋市・吾平町・輝北町・串良町の1市3町が合併し,新鹿屋市としてスタートした。
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U 学校経営
1 本校の教育課題
(1) 豊かな人間性を持つ児童の育成と個性の伸長
@ 人間尊重の精神と生命を大切にする態度の育成
A 協調性・公徳心や公正にふるまう態度の育成
B 勤労・奉仕活動や自然体験活動の推進
C 心を育てる学習環境づくりの育成
(2) 心身の健康づくりに励む児童の育成
@ 体力・気力づくりの充実
A 体育指導の充実
B 保健,安全指導の充実
C 給食指導の充実
(3) 自己教育力を持ち続ける児童の育成
@ 日々の授業の充実−課題解決学習の推進
A 基礎的・基本的学力の確かな定着−習熟度に応じた指導の充実
B 自ら学び考える態度の育成−学習意欲の喚起と学び方指導
C 職員研修の充実
(4) 特色ある学校づくりの推進
@ 総合的学習の時間の推進と改善
A ボランティア活動・勤労体験活動・環境教育・国際理解教育の推進
B 郷土学習の推進
C 開かれた学校の推進(地域との連携−人材活用・学校週5日制等)
2 本年度の重点課題
児童の「生きる力」を育むことを目指し,創意工夫を生かした特色ある教育活動
を推進する。
@ あいさつ等の基本的生活習慣の定着,道徳教育・人権同和教育の充実と奉
仕の精神や思いやりの心の育成,心を育てる校内環境の整備・充実
A 一人一人の児童理解に立った積極的な生徒指導(教育相談の充実),心の
教育の推進,体育指導の充実
B 基礎・基本の確実な定着,日々の授業の充実,個を生かす指導法改善(少
人数指導,T・T),学び方指導の充実,勤労体験学習の重視
C 地域との結びつきを深めた「開かれた学校づくり」の推進,ボランティア
活動の充実,環境教育・国際理解教育の推進
D 市「かのや英語大好き特区」研究推進校としての研究推進
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